Lookism for / 外見で判断されるということ
前回の投稿でも少し触れたがプール撮影会へ行こうかどうか考えていた最中に、埼玉で撮影会が中止される騒動があった。
あの時点では他府県の撮影会へ飛び火する恐れが多少なりともあったし、場合によってはカメコとして趣味活動自体にも影響を及ぼす可能性もあったので(その可能性自体は現在なくなったというわけでもないけれど)、その後の動向もしばらくチェックしていた。
騒動に対する抗議行動として、モデルとカメラマンによるデモ行進なんてものも起こっていた。
関連する記事やまとめサイト、そしてそれに対するコメントに目を通す。
すると、必ずと言っていいほどあるコメントとして、カメラマンの大半を占めるであろう中年男性達の”容姿”を揶揄する内容のものがある。
内容の具体例は挙げないが、基本的には記事の主題とは直接関係ないことが多い。元々の撮影会中止の件も理由として挙げられたのは女性モデルの方であり、彼女らを撮影しているカメラマン達の方が直接の理由ではない。
勿論、女性モデルに対して集合する男性カメラマン達がいるという構図が前提にあって、その上で槍玉に挙がっているのが女性モデルなのであり、カメラマン達が全く無関係というわけではない。
ただ、カメラマンの存在は関係していたとしても、彼らの容姿はやはり直接関係ないはずである。
カメラマン達の容姿がよろしくないからと言って、犯罪行為やそれに類するマナー違反などの行為に及んだわけでもない限り、それを理由に全体を否定するのは道理が通らない話である。
それこそ「ルッキズムだ!」と彼らが非難の声を上げてもよいくらいだ。
しかしながら、そういった非難の声を上げるカメラマンは見かけない。
さらに言うなら、ネット上だけでなく実際の各現場でも憤るような声を聞いたことすらない。
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彼らがルッキズムだと非難しない理由を考えてみる。
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もしかしたら、カメラマン自身がそういう意見を浴びることを許容してしまっているのかもしれない。
カメラに限らず所謂オタクと呼ばれるような男性達は「ファッションなどに金をかけるくらいなら、趣味の方に使いたい」と言う人は多い。実際にそれに近い発言をしている人も見たことがある。
でも、カメラ趣味をしている人が全員そういうファッションにリソースを割かない人達というわけでもない。
オシャレとまでは言わないにしても、揶揄されるほどではない程度に気を使っている人はそれなりにいる。
こんな文章を綴っているくらいなので「キモオタが顔真っ赤にして乙」と思われる方もいるかもしれないが、私自身もそれなりには気を使っているつもりではある。ステレオタイプな服装を避けているというだけで実は周囲から揶揄されているのかもしれないが、それをここで必死に釈明するのもなんか違う気がするので私自身の話は置いておこう。
ともあれ、全員が揶揄されても仕方ないというわけではない限り、「カメラマンがルッキズムで評価されることを許容している」という仮説は弱いように思われる。
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そんな仮説をあれこれと考えていて、一つの結論に至った。
今回の件の舞台はプールである。
プールに集まるカメラマンは、”水着を着た女性モデル”を被写体とする人達である。
そして、そのモデル達は一般的に容姿が良いとされる人たちである。
つまり、プール撮影会へやってきたカメラマン達も女性の容姿を見て集まってきた人達であり、(人によって程度の差はあれど)ルッキズムで評価をしているのである。
前述のデモ行進に参加していたカメラマン達も、プールが舞台ではないかもしれないが女性モデルを対象に撮影しているはずである。
ひょっとしたら普段女性を撮影していないがカメラ撮影の文化が侵されることを憂いたカメラマンが参加していたかもしれないが、例えそうであったとしてもその人なりの”美しさ”を撮ろうとしているだろう。
そんなことはないと言うカメラマンがいたら、むしろ何を目的にカメラを手に取っているのか教えてほしい。
少し話がそれたが、カメラマンという存在は大なり小なりルッキズムを持った人達であり、それ故に自身がルッキズムで評価されたとしても否定できないということではないだろうか。
仮に「ルッキズムはやめろ」とカメラマン自身が声を荒げたところで、「お前もそうだろ」と言い返された時点で言葉に窮するような、自己矛盾を叫ぶだけの行為に過ぎないということである。
そう考えると、カメラマンが容姿で揶揄されることを甘受せざるを得ない状況に合点が行った。
揶揄されることに多少の憤りを覚えたところで反論する術を持たないのだ。
これを『カメコのジレンマ』と名付けることにしよう。
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以下、余談。
これは個人的な見解なのだが(これまでも個人的な見解なのだけど)、ルッキズムで判断されることと自分の見た目を良くしようとすることは相反しないことだと思っている。
撮影会はモデルさんという人間を相手にする場であり、しかもモデルさん自身が自分の美を提供する職業である以上、相対するカメラマンも第三者に揶揄されるような容姿のままでいるよりは、より良い容姿である方が多少なりとも心象が良くなるのは当然だろう。
あくまで仕事なのだから客(カメラマン)の容姿で提供するサービスに差をつけるのは正しいとは言えないが、だからと言ってわざわざ心証を良くしない理由にはならない。
推しに会いに行く時に自分の容姿をなるべく良い状態にしておきたい。
こう考えるタイプは女性に多い印象がある。
性別で一般化するような話ではないのかもしれないが、周囲の知人友人達を見る限りではそんな傾向がある。
其処には色んな理由があるのだろうが、少なくとも決して悪いことではないと私は思っている。
私自身も、自分の容姿が良いとは思わないけれど、人に相対する時は最低限心象を悪くしない程度には容姿にも気を遣うようには心掛けたい。
< Source of Photo : Bradley Hook from Pixels >