『ドラゴンクエスト3(HD-2D版)』を遊んだ話


 HD-2D版『ドラゴンクエスト3』をクリアしたのでその感想を書く。ネタバレも多数含むので気になる方はご注意ください


はじめに

多くのゲームファンに愛される不朽の名作『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』が新たな映像表現で生まれ変わる。ドットと3Dが融合した美しいHD-2Dの世界で、壮大な冒険へ旅立とう!

正式名称は『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』ということでオリジナル版と同じ。

私はオリジナルのファミコン(FC)版、その後にリメイクされたスーパーファミコン(SFC)版はプレイ済。その後のモバイル版やそれをベースにPS4やSwitchへ移植されたものは未プレイ。FC版での話の流れは大体覚えているけれど、SFC版以降のリメイクで追加されていった要素についてはうろ覚えなので、記憶違いがあったらごめんなさい。

今回はラスボスである大魔王ゾーマを撃破してメインストーリーのクリアまでプレイ。クリア後に解放される裏ダンジョン以降はやってない。

また今回はSteam版のVer.1.2.0.0でプレイしている。発売後半年後にリリースされたアップデート版で「まもの使いの弱体化」や「ラーミアの移動速度の改善」など本作の不評内容として多数を占めていた箇所が修正されたバージョンである。ただ、リリースから半年後という長い間隔を置いてしまったため、多くのプレイヤーはすでにクリア済で「更新が遅すぎる」などとも言われていた。それはともかくとして、最新バージョンでの感想となるため、更新前のバージョンでプレイ済の人とは異なる印象になっているかもしれない。

先に評価をざっくり書いておくと賛否両論の否多めです。愚痴多めなので気にする方は本稿は避けるが吉かもしれません。あしからず。


感想

ストーリー

物語の大まかな流れはオリジナルと同じ

物語の流れはオリジナル版のDQ3から特に変更なし。

  • 16歳になった主人公が魔王バラモスの討伐の旅に出る
  • 紆余曲折を経て魔王バラモスを倒したと思ったら、大魔王ゾーマという巨悪の根源が出てくる
  • 大魔王ゾーマを倒すために地底世界へ行ったら、其処はDQ1の舞台であるアレフガルドの地であった
    • 本作の時系列がDQ1-2より昔(つまり「DQ3→1→2」の順番)であることが判明する
  • 紆余曲折を経て大魔王ゾーマを倒したら元の世界へ戻れなくなったけど、世界は平和になったのでヨシ!(終)

みたいな感じである。

裏ダンジョン未プレイなのでWiki等の情報を見ただけだけど、クリア後は天界へ行けるようになるらしい。そこではDQ6で出てきたゼニスの城へ行けるらしく、これまで世界線が別とされてきたロトシリーズ(DQ1~3)と天空シリーズ(DQ4~6)に繋がりがあった?と言われている。

ベセスタの『The Elder Scroll』シリーズのようにゲーム単体で独立しているがシリーズで世界線が繋がっているというのは大変好みなので良いとは思う。ただ、ドラクエが今からこれまでのシリーズをうまく繋げてそれを活かせるかといえば疑問符が残る。そんな疑いをドラクエ12で良い意味で裏切ってほしいところではある。


中ボスの追加と精霊ルビスが勇者を導くシーンが追加

HD-2D版DQ3ではSFC版にはいなかった中ボスが所々追加されている

例えばピラミッドで「まほうのかぎ」を入手する時に「ナイルの悪魔」という中ボスが出てきたり、ネクロコンドの火山にガイアのつるぎを投げ込む時に「レブナント」という中ボスが出てきたりするようになっている。

オーブをただ回収するだけだったテドンにも中ボスが追加されている

また物語の節目ごとにオープニング同様精霊ルビスが勇者へ語りかけてくるシーンも追加されている。

例えばポルトガで船を手に入れた後であればオリジナル版ではその先何をすべきかの情報が非常に少なかったのだが、ルビスが「オーブを集めろ」と具体的な指示をしてくれるようになった。私は過去作をプレイ済なので何をするかは大体知っているものの、初見プレイを想定すると大分親切に誘導してくれるようになったと言えよう。


オルテガが一人旅していた時の回想シーンが追加

ルビスによる誘導と同様、今作で追加された演出としては、勇者の父であるオルテガの回想シーンがある。

FC、SFC版でも父オルテガの話題は冒頭のアリアハンの実家での会話に始まり、道中訪れる町々でオルテガと思しき人物が訪れていたことを伺える会話がなされている。ただ実際に登場するのは物語の終盤も終盤である大魔王ゾーマの城でキングヒドラと戦って敗れたシーンであり、死んだと思われていた父が実は生きていたのだが、再会と同時に永遠の離別となってしまうという悲しい演出になっている。

なお、FC版を遊んだ当時のプレイヤーにとってはそんな儚い再会よりも、ようやく会えた父がカンダタの色違いという変質者ルックであったことの方が印象強いことだろう。(ゲーム容量の関係でオルテガの専用画像を入れることができなかったのが理由と言われている)

父との感動の再会

今回のHD-2D版ではオルテガはきちんと勇者に似た容姿になっているもの、ボロ布のようなワンピースを着ており変質者時代の名残りを漂わせている

相変わらず鎧の存在を知らない父


そんな勇者の父オルテガさんだが、HD-2D版の本作ではアリアハンから旅に出る時からゾーマ城で非業の死を遂げるまでの道中を描くシーンが数多く追加されている。

■HD-2D版にて追加されたシーンの例

  • 妻や赤子である勇者をアリアハンに残し、妻の制止も聞かずに魔王討伐の旅に出かける
  • 基本的には一人旅だったようだが、サイモンやドワーフ(名は不明)などの仲間との交流もあった
  • あまりにモンスターを倒し過ぎて名が売れてしまったため、ポカパマズと偽名を使うようにした
  • ネクロコンド火山までたどり着いたが、(中ボスの)レブナントとの闘いで火口へ落下してしまう
  • アレフガルドに着いた時には記憶を失っていたが、生来の正義心?により大魔王ゾーマと戦う道を選ぶ
  • ゾーマ城へ至る道中で徐々に記憶を取り戻すが、家族をアリアハンに残してきたことに後悔の念を抱く


このような感じでオルテガの話題が出てくる場面になると、都度その時のオルテガの様子を描く回想シーンが差し込まれるようになった。基本的に喋らない主人公勇者とは異なり、回想シーン中のオルテガは普通に喋っており、旅の様子やその時の心理描写などがかなり描かれるようになった。なお、ノアニールで若い女性を惚れされるという妻帯者としてはグレーな会話についてのシーン追加はない

これらの回想シーンはオルテガがどのような旅をしていたのかを表現するために追加されたものと思われるが、個人的には正直ちょっと微妙な追加演出だと感じている


勇者のロールプレイに差し込まれるオルテガの物語

オルテガがどのような旅をしていたのかを詳しく描くこと自体は構わないのだけど、個人的に微妙だと感じてしまったのはそもそもの『ドラゴンクエスト』というゲームが「主人公勇者のロールプレイ」を前提とした作りになっているからだ。

本作DQ3に限らず基本的にドラゴンクエストシリーズの主人公は発言することはない。発言することがないゆえに、主人公が冒険先でどのように考えているかを窺い知ることはできない。唯一主人公が自己主張するのは「はい」か「いいえ」をプレイヤーが選択する場面のみである。

これは「ロールプレイングゲーム」の元々の言葉の意味である「役割を演じる(ロールプレイ)」に由来しており、主人公である勇者が冒険の先々で見聞きして何を感じるかは主人公を演じているプレイヤーへすべて委ねられているためである。そのため、感情移入を阻害するようなことを発言しないように、主人公は基本終始無言を貫くように設計されているわけである。

プレイヤーが主人公なのだから、プレイヤーは主人公が見聞きしたことしか知らない。この前提に立ったゲーム体験はあくまで『主人公の視点からのみ語られる話』でなくてはならないはずなのである。

その観点から追加されたシーンを見ていると、本来主人公である勇者が知るはずのないオルテガの行動の詳細や心理描写があまりに描かれ過ぎているのである。

「アリアハンの父と子、二代に渡る勇者の冒険の物語」と本作を見做すのであれば、オルテガの旅の詳細は物語の深みを増すためには重要である。しかし『ドラゴンクエスト3』というゲームはあくまで主人公勇者のロールプレイングゲームであり、「二人の勇者の物語」として見せる構成にそもそもがなっていないのである。

オルテガが知名度が上がった故にポカパマズと偽名を使うようになったくだりとか、記憶を失ったオルテガが家族を置いて冒険に出たことを後悔するくだりとかは、追加シーン中でもオルテガ自身の心理描写として描かれている。オルテガは誰かに語っていないし、勇者はそれを誰かから聞いてもいない。だから(少なくとも追加シーンを見た時点で)主人公が知るはずのない情報が入ってきているのである。

だから、あのように主人公の物語に父オルテガの物語が割り込んでしまうことで、個人的にはゲームの根幹がチグハグなことになっているように感じてしまったのである。

ちなみに後継作品となるDQ5では主人公の幼少期に父パパスと一緒に冒険する様子が描かれている。

今改めて考えてみると、DQ3では主人公の立場から「父と子の物語」をきちんと描くことができなかったゆえに、DQ5では一緒に冒険するシーンを描くようにしてプレイヤーが父パパスへ感情移入ができるようにして、あくまで主人公視点からの「父と子の物語」を描くことに挑戦したのではないかなと思える。


描かれなかったオルテガの描写

そんな感じで演出のチグハグさが印象に残ったオルテガの物語だが、その描かれた内容についてもう一つ気になった点があった。それは何故オルテガが妻の制止も聞かずに生まれて間もない赤子を残してまで冒険の旅に出ることになったのか?という点である。

それは勇者の使命感ゆえ。ドラゴンクエストというゲームを考えるとおそらくそういうことなのかもしれない。

しかしいくら周囲のモンスターが弱いアリアハンとは言え、残していくのは妻と年老いた父、そして生まれて間もない赤子である息子の主人公である。もしテドンの街のようにモンスターがアリアハンが襲撃されてしまったら、一番最初に被害を被ることになりかねない立場である。居住地もアリアハンの入り口に一番近いので真っ先に襲われそうだし。

弱きものを助けることが勇者の使命であると精霊ルビスも言っているにも関わらず、オルテガの行動はどう考えても「勇者の理論」に欠けるように感じられるのである。


オルテガがモンスターを倒し過ぎて名が知れ渡ってしまったためにムオルの街では『ポカパマズ』と偽名を名乗るくだりが(FC版から)ある。モンスターの目を避けるために偽名を使うようにしているにも関わらず、家族を残しているアリアハン出身であることは世界の行く先々で話しまくっているし、なんなら偽名を使っているはずのムオルの街でもアリアハン出身であることは語っている。

あの時点でテドンの街が破壊されていたかどうかは不明だが、オルテガに手を焼いたモンスターたちが彼の弱点(かもしれない)家族を襲うというリスクを考えなかったのだろうか?

オルテガがサイモンに対して「故郷のサマンオサへ帰れなくなるぞ」と警告するシーンも追加されていたが、オルテガ自身がアリアハンへ一切帰る気がないのに何を偉そうに言っているんだという話である。サイモンも「お前はノアニールで浮気したせいで故郷のアリアハンに帰れなくなったもんな」と言い返してやればよかったのである


…不満が多くなってしまった。私が勇者の視点に立つというロールプレイをした結果、父オルテガへの不満を多く持つことになってしまったということで、これはあくまで私の視点ということでご容赦ください。

ここまでソロでたどり着けるオルテガの強さはとても表現されていた


擁護するというわけでもないのだが「オルテガが旅に出た理由」が描かれていない理由は、道中のあれこれとは異なり元々オリジナル版でも一切描かれていない内容になるので、余計なエピソードを追加してしまって『蛇足』になってしまうことを避けたんじゃないかという気もしている。

これについては次のシステムに関する感想にも繋がる話になるが、本作であるHD-2D版DQ3に関しては出来る限りオリジナル版と同じようなゲーム感にしたかったのではないかと感じているのである。それについては次項に書くこととする。


(余談)『リベサガ』との対比

本作HD-2D版DQ3に対する評価は賛否両論となっている。その一方で、同じスクエニが同時期に発売した『ロマンシングサガ2 リベンジオブセブン』(通称『リベサガ』)は、ドラクエ同様リメイク作品ではあるがおおむね好評となっている。あまりの評価の違いに「ドラクエ3を遊ぶのならリベサガを遊んだほうがいい」なんて意見もちらほら見られるほどである。

リベサガが好評である理由については多々あると思われるが、ここでは上でつらつらと不満を綴った追加シーンという演出に限定して考察してみるものとする。

DQ3ではオルテガの回想シーンが追加されたように、リベサガでは七英雄の物語が追加されている。肉親と敵の違いはあれど主人公ではないキャラクターの過去を描く追加シーンという観点では同じである。

そこにある違いとしては、同じロールプレイングゲームという括りにはなるものの、DQ3の根幹が主人公である勇者のロールプレイであるのに対して、リベサガ(やリメイク元のロマサガ2)は「歴代皇帝と七英雄との数百年に渡る戦いの物語」を描くことに主眼が置かれているという違いがあるからではないだろうか。

リベサガのプレイヤーは主人公である皇帝を操作するものの、皇帝というプレイヤーは継承法によって代々受け継がれて変わっていく。そのため、個体としての主人公に感情移入するよりも「歴代の皇帝」という受け継がれていく系譜に重きを置いていくようになる。そして、その系譜はボスである七英雄たちとの闘いの歴史へと繋がっていく。

描かれた追加シーンはそんな七英雄たちが何故「かつて世界を救ったはずの英雄達から人類の敵へと変貌したのか」というオリジナル版では軽くしか触れられていなかった部分を深く描くものであり、ゲームの根幹となる「歴代の皇帝と七英雄との闘いの歴史」という部分からズレることなかったので、プレイヤーにとっても違和感なく受け入れられるものであったのではないだろうか。


ゲームシステム

システムへの印象

これまであれやこれやとストーリーに関する感想を書いてきたが、本作に関するレビューなどの感想を見ているとよく散見されるのはストーリーに対してではなく、システム面に対する不満である。

実際クリアまでプレイした印象としては、職業ごとの格差は確かに大きく感じるし、フィールドやダンジョンの移動中や探索中にストレスを感じることは結構あるし、属性の強弱とか状態異常とかは分かりにくいし…と不満を言い出したら枚挙に暇がない。バランスを大幅に調整したとされるVer.1.2.00でプレイしてもそう感じるのだから、発売直後の初期バージョンでプレイした人達の不満は想像に難くない。「ゲームを知らない新人に作らせてるんじゃないか」とまで言われるのもつい納得してしまいそうになる。

とは言えスクエニの看板タイトルであるドラクエである。決して新人だけに作らせているわけではなく、監修の堀井雄二氏は勿論のこと多くの歴戦の開発経験者たちが関わっていることだろう。

クリアまでプレイした印象を踏まえつつ何故こんなバランスになったのかを想像した結果、私はFC版やSFC版をプレイした時に得られたであろうゲーム体験をHD-2D版の本作でも追体験できるように作りたかったんじゃないかという結論に至った。


戦闘の難易度はそのままに

同じスクエアの看板作品のリマスター版に『ファイナルファンタジー ピクセルリマスター』がある。このピクセルリマスター版FFも1から4まではクリアしているのだが、あちらはあくまでリマスターなのでゲーム自体はそのままに、徹底的にプレイ体験を簡単にするように再調整されている。

FC時代のゲームはデータ容量が少ない分、長く遊んでもらうために難易度を上げている。そんな話もたまに聞かれるが、そういった過去の作品を現代に再販するあたっては難易度を下げて遊びやすくするというのがトレンドのようになっている。

HD-2D版DQ3は「まもの使い」がいれば事足りるといわれるくらい簡単になっているのだから結局同じことでは?と思うかもしれない。だが、その判断はちょっと待ってほしい。

実際に本作HD-2D版DQ3をプレイして、私が一番最初に抱いた印象は「敵が強い」だったのだ。

本作には難易度設定があって私は標準とされる「バッチリ冒険」でプレイしたのだが、序盤の戦闘からモンスターが当たり前のように二回攻撃を仕掛けてくるし、カンダタ戦ともなれば連続攻撃を集中して被弾するとすぐにパーティーメンバーが脱落していく。

FC版やSFC版をプレイした時にも敵の火力が高いとか防御力が高いとか戦闘に手強さを覚えてような記憶はあるが、いくらなんでも色んなザコ敵が二回攻撃をバンバン繰り返してくるようなことはなかったはずだ。おもわず間違って高難易度の「いばらの道」を選んでいないか再確認してしまったほどである。おそらくモンスターは過去作よりも少し強めに調整されていると思われる。

本作ではオリジナル版からの追加要素として職業ごとに固有のスキルである「とくぎ」が追加されている。また、ムチやブーメランなど全体攻撃可能な武器も追加されている。プレイヤーサイドの攻撃手段が増えたことにより普通に考えたら戦闘は楽になるところを、モンスター側にも攻撃回数や耐性などを多く追加して強化する方向で調整しているように感じられた。

だから、FC版のような「勇者」「戦士」「僧侶」「魔法使い」という所謂標準パーティーを組んで冒険に出たら、FC版と同じくらいの難易度を感じられるようことを想定して設計されている印象を受けたのだった。


当時の難易度に追加される現代の救済措置

FC版の難易度を体験してもらおうと思っていたとしても、当時のゲーム設計やバランスをそのままにするわけにはいかない。FC版の単純移植ならまだしもリメイクを銘打った本作でそんな作品を出そうものならそれこそ炎上必至である。

だからHPが0にならない難易度設定「楽ちんプレイ」も実装されているし、レベルが上がればHPやMPも全回復するし、移動呪文である「ルーラ」や「リレミト」はMP消費0で使えるようになっている。(これはこれで文句を言っている人もちらほらいたようだが…)

モンスターとの戦闘についてもFC版に近い難易度となるようにバランスを設定しつつも、一方でその救済措置となる役割として高火力が出しやすい「まもの使い」を追加実装することで、昔の難易度を楽しみたい人も現代風の手軽な難易度を楽しみたい人もパーティー編成で調整できるようにしたかったのではないかと感じたのである。

ただ、そんな私の推察が仮に事実だったとしても、プレイヤー側がそんな設計意図を組まなくてはならないなんてことはない。強い選択肢が用意されているのであればそれを選ぶのが普通のプレイヤーというものである。敢えて使わずに縛りプレイをするのは少数派だろう。


さらにリメイク版にて追加された要素を楽しもうと思うと「まもの使い」はほぼ必ず使用されることになる。

カジノの代わりに追加された「バトルロード」を楽しむためにはフィールドの各地にいる「はぐれモンスター」を集めなくてはならないし、その「はぐれモンスター」を集める上で「まもの使い」の存在はほぼ必要不可欠である。(まもの使いがいなくてもモンスター集めは可能だが、どこにいるかの情報が得られなくなる上に別途モンスターに応じたアイテムを使用しないと逃げられることもあり、とにかく面倒になる)

たから「まもの使い」を入れないというのは戦闘面だけの縛りプレイになるわけではなく、リメイクされたHD-2D版DQ3における追加要素も縛ることになってしまう。たとえオリジナル版のようなゲーム体験を提供しているつもりであっても、敢えてそうしようと選ぶユーザーはほとんどいないだろう。その結果として、「職業ごとのバランスが非常に悪い」という印象だけが残されてしまったのではないだろうか。

なお「まもの使い」が強いと言われるポイントは、モンスターを50体集めると二回行動が可能となる「ビーストモード」を覚えることと、集めたモンスターの数に応じて火力があがる「まものよび」の組み合わせがとにかく高火力という点である。

Ver.1.2.0.0で「ビーストモード」の使用MPが8→30と大幅増加し、まものを集めても「まものよび」の火力が上がりにくくなるという弱体化調整がされている。それでも終盤のボス戦では十分なダメージソースであったので、初期バージョンでぶっ壊れと言われていたのも想像に難くない。


レベリングは調整してそうだが…

FC版ではエリア移動するたびに必要だった「レベル上げ」という作業は、私のゲームプレイにおいては必要なかった

新しい街で売っている武器や防具を買い揃えられるほどの所持金は常になかったが、どうせダンジョンにある宝箱である程度揃うだろうと楽観的に進めていった(そして実際にある程度手に入った)ので金策も必要なかった。都度店売りの最強装備にしないと気が済まないタイプでもなければ、道中に稼ぎ作業が必要となるケースはほとんどないだろう。(裏ダンジョンは知らん)

ただ、そもそもの敵とのエンカウント率が結構高いので、意図的に稼ぎ作業をしないまでも遭遇する敵をすべて撃破していけば必然的に稼ぎ作業に相当する経験値が手に入るようになっているのだろう。

このエンカウント率の高さはひょっとしたらこれも「オリジナル版のようなゲーム体験」なのかもしれないが、オリジナル版そのままの所謂「とにかく歩かせるように構成されたダンジョンマップ」においてはとにかくめんどくさい。特技や呪文をバンバン駆使して倒していくと、ちょうど最深部にいるボス戦ではほぼMP切れみたいな状況になっていることもしばしばある。(レベルアップすれば全回復するし、MP回復アイテムもそこそこ手に入るが)

効率よく探索するためにエンカウント率を下げる「しのびあし」とか「トヘロス」とかを多用してしまうと勿論レベルは上がらないので、効率の良い探索と引き換えにレベル上げが必要になってくるだろう。

現代風にするのであればもう少しエンカウント率を下げて敵からの報酬を増やせば良かったのだろうが、そうしなかったということはおそらくそういうことなのだろう。


3D化された美麗なフィールドと死角

ここまで説明なく「HD-2D」という単語を使ってきたが、これはスクエニの造語?である。3Dで緻密に描画したフィールドと昔ながらの2Dドット絵で描画したキャラクターを組み合わせることで、まるで精細なドット絵の美しさのようなビジュアルデザインを「HD-2D」と呼んでいる。(たぶんこんな感じだと思う)

スクエニはこの「HD-2D」にえらくご執心で『オクトパストラベラー』シリーズで初採用してから、今回のドラクエ1から3のリメイクは言うまでもなく、『冒険者エリオットの千年物語』や『ファイナルファンタジーレゾナンス』など新作でも色々使われている。美しいドット絵といえばかつてのスクエニ(特にスクウェア)の代名詞だったが、今のご時世職人芸のような2Dドッターは希少なので代わりに3Dでフィールドを作って当時のファンに受け入れられるビジュアルを再現しているということだろう。

2Dデザインと3Dデザインを組み合わせたもので、何故これを「HD-2D」と命名したのかは正直よくわかっていないが、ビジュアル面はとても綺麗に作られているというのは確かだろう。


そんな「HD-2D」化に伴ってゲーム視点はFC版やSFC版よりも斜めからの視点、いわゆるクオータービューとなっている。

イベント時はさらに横からの視点になることが多い


このクオータービューが若干厄介なところで、3Dで表現されたフィールドには勿論立体的なオブジェクトが多数配置されているわけであり、その結果として「死角」が発生する。一般的な3Dゲームであれば視点変更すれば済む話なのだが、HD-2D、つまり高精細化された2Dゲームであると言い張っている本作においては視点変更はできない

2Dゲームでも三次元空間を表現しているゲームはいくらでもあるし、2Dで表現している三次元空間内に「死角」が出来るというのであれば、別にユーザから見えている範囲だけで遊べるようにすればよいだけである。

しかし本作では街やダンジョンの構造は出来る限りオリジナル版のままで作っているため、元々配置されていた宝箱が「死角」の位置になってもそのまま配置されている。完全に隠れて見えない場所は隠している壁などオブジェクトが透過されたりする箇所もあるのだが、全部それで対応するのは面倒だったのか一部だけでも見えたら透過しないようになっていることが多い。

意図的に分かりづらく配置しているであろうはぐれモンスターの存在も含めて、ミニマップを見ないとどこに入り口の扉があるのか全く見えない建物など、とにかく「死角」に配置されたオブジェクトが多いのが難点となっている。


とにかく見えないアイテム探し

DQシリーズではお馴染みとなった「ちいさなメダル」集めは本作でも存在するが、ちいさなメダルを含むアイテムもとにかくフィールドから見えないようになっている

本作ではフィールドのあらゆるところに誰かが落としたと思われるアイテムが落ちており、それらはキラキラとしたエフェクトが付与されており、それらを拾って回収することができる。明らかに冒険中の荷物が崩壊したようなものもあり、ドラクエの勇者パーティは他人の民家にあるツボやタンスを漁るだけでは飽き足らず、敗戦した冒険者たちの遺物からもアイテムを回収してまわるようになったようである。

キラキラしているアイテムはほとんどが店売りのものである


「ちいさなメダル」など重要な収集アイテムもこうやってキラキラエフェクトで見つけやすくなった…と思いきや、このキラキラしたエフェクトは屋外フィールド限定であり、城や街中とかダンジョン、本作で追加された「ひみつの場所」など特定のエリア内に落ちているアイテムはキラキラと光ることはない

ストーリー進行上に欠かせない重要なアイテムとか人物は「!」マークがついてすぐに分かるようになっているのだが、それ以外のエリア内のアイテムに関しては何もないのである。

じゃあこれまで通りツボやタンスをしらみつぶしに調べていくしかないか…となるのだが、「ちいさなメダル」を含む一部のアイテムは芝生の上とかそれこそなんでもない場所にも落ちている。なので、アイテムがあるかもしれない場所に目印や目途はなく、街中とかダンジョン内とか歩いて行けるすべての場所のどこかに落ちているというわけである。(一応落ちている場所の上に出たら「調べる」とポップアップは表示される)

探索方法として救済措置も用意されており、盗賊のとくぎである「とうぞくのはな」を使用すればエリア内にあるアイテム数を表示することができるし、同じく盗賊が覚える呪文である「レミラーマ」を使用すれば画面内(※)にあるアイテムがキラキラと光らせることができる。なので、パーティーメンバーに盗賊がいて各エリアで「とうぞくのはな」を使って画面表示範囲ごとに「レミラーマ」を使用するようにすれば、歩いて行けるすべての場所をしらみつぶしに歩かなくても良いようにはなっているのである!

本当にこの収集要素の仕様で楽しいと思ったのだろうか…?


(※)

ちなみに「レミラーマ」の探索範囲はおそらく「ミニマップの表示範囲内」になっているようで、厳密に言うと画面外にあるアイテムも検知する。

アイテムを検知するとミニマップも光るので分かりやすいのだが、フィールド上に数多くある「ひみつの場所」だけは何故かミニマップが存在しないために「レミラーマ」を使用しても画面内にアイテムがなく結局探し回る羽目になることが多々発生する。その上、キラキラが白色~非常に薄い青色であるため、雪原など地面の色が白系のエリアではキラキラが同化して視認性が非常に悪い。

本当にこの仕様で見つけやすくなると思ったのだろうか…?


UI面がとにかく不親切

ゲームの難易度とか職業ごとのバランスとかはまだ許容できるのだが、前述の死角やキラキラを始めとしてUI面はとにかく不親切となっている。

  • 戦闘中、一部のバフ・デバフ効果がキャラクター上に表示されるエフェクトのみ
    • 攻撃力増減など一部効果はアイコンでも表示されているが、アイコンが用意されていないデバフ効果も多数ある
    • さらにバフ・デバフが複数かかるとすべてレイヤーで重ねて表示されるので見えなくなる
  • アイテム参照時に所有者を職業のアイコンで表示するので、パーティー内に同じ職業のメンバーが複数いると区別がつかない
  • モンスターに追加された弱点・耐性はダメージ時の数字の色で判明するが、それを記録する機能はないので基本的に覚えるしかない
  • ラーミアの移動時、通常移動時と減速移動時で着地ポイントが大きくズレるようになっている
  • メニュー項目の大半が「さくせん」の中に詰め込まれている
    • キャラクターの確認「つよさ」も、自動回復機能「まんたん」も、パーティーの「ならびかえ」や「さくせんがえ」も設定系もゲーム終了も全部「さくせん」にある。覚えるだけと言われるだけなのだが、もうちょっとわかりやすい導線にならなかったものか…
    • でも、道中都度更新される旅の目的の確認はメニューからは確認できず、マップを開いて詳細を見る必要がある

揚げ足取りだと言われるかもしれないが、一つ気になると連鎖的に気になっていくもので小さな不便も重なれば大きな不満へなっていってしまうものである。

「コマンド選択時に敵の名前は表示されるのだからその時にバフ・デバフを表示するアイコンを付けてくれたらいいのに」とか「同一職業でもキャラクターの見た目は変えられるんだから職業アイコンじゃなくて顔を表示すればいいのに」とか「モンスター一覧があるんだからそこに弱点とか耐性とかも記載してくれたらいいのに」とか、こうしてくれたらいいのにという(他のRPGだと実装されているような)対策が容易に浮かんでしまうので余計にストレスがかさむのである。


子ども向けゲームであるかのようなガワ

これは本作に限らずシリーズ全体に対する話でもあるのだけれども、ひらがなモードとかフリガナモードとかも実装されていることからも伺えるように、ドラゴンクエストシリーズは「子供向けゲーム」であるというスタンスを以前から取っている。

元々コアなユーザー向けであったTPRGや『ウィザードリィ』や『ウルティマ』のような原典とも言えるコンピューターRPGを当時コンピューターゲーム自体がまだ一般的でない時代に於いてライトユーザー向けに再構築したものが『ドラゴンクエスト』であるということは疑いないところではあるが、古典的なRPGを詳しくない人でも遊べるようにしたものが「子供向け」であるかというと、近似ではあっても同一ではないと思っている。

本作においても「ぱふぱふ」とか「えっちなほん」とかは登場するし、夜のアッサラームにおいて女性の客引きに誘われて入店したら筋肉質の男性が接客するというアダルトテイストなギャグ要素もそのまま残っている。この辺りの演出は今となってはFC版が発売された昭和後期~平成初期らしいギャグだなぁと感じる。だからといって、今の時代に合わせてリメイクでは削除してしまえとまでは思わないのだが、「子供向けゲーム」であるような体裁を保ちつつ敢えて維持する矛盾は感じなくもない。

本作はCERO B指定ということで、想定される子供(つまり12~18歳)の世代がもはやドラクエのメインユーザー層ではないから、こんな演出が残っていても問題にならないだけだろうと言ってしまうと身もふたもない話ではあるのだけど…


ミュージック

あまりに賛否の否が多くなってしまったからバランスを取るというわけではないが、ドラクエの代名詞と言えば鳥山明氏のキャラクター&モンスターデザインとすぎやまこういち氏によるオーケストラである。

FC版やSFC版をプレイしていた想い出補正がかかっている側面は多分にあるとはいえ、ゲームサウンドにオーケストラのような曲を採用するというのは今でも希少であり、当時としては非常に斬新な取り組みであったと言えよう。当時8ビット音源で聞いていた音楽が現代技術によってきちんとした交響曲として聞けるというのは、やはりそれだけでテンションが上がるというものである。

欲を言えば原曲ばかりではなく追加シーンに合わせて新たな楽曲が追加されていればとは思うのだが、氏の楽曲があらたに追加されることは事実上不可能に等しいので、それはあまりに欲が深いということだろう。


まとめ

ストーリー、システムとつらつらと不満を書き綴る感じになってしまったのだが、結局のところすべてオリジナル版の体験を残そうとする勢力と現代に合わせた機能を追加しようという勢力がぶつかり合った結果として、どれもこれも中途半端な結果になってしまったような印象が否めないのである。

昔ドラクエを遊んだ体験を追体験したいようなオールドユーザーにとっては「まもの使い」など新しい要素がそれを阻害するし、昔のドラクエを知らない新しいユーザーにとっては旧来の「ドラクエらしさ」が残る故に古臭いゲーム体験となってしまう。

元々のドラゴンクエスト3自体が当時完成度の高いゲームだったゆえに(私の場合はオールドユーザー的な想い出補正が入ってしまうからかもしれないが)ゲーム自体はそれなりに遊べてしまうが故に、とても勿体ないリメイクであるように感じてしまった。


この次にリリースされたDQ1、2のリメイクは、例えばDQ1なら1対1の戦闘システムを廃止したり、DQ2なら3人パーティーから4人パーティーに変更したりとオリジナル版のゲーム体験そのものに手を加えてきている。評判も本作HD-2D版DQ3よりも良さそうなので、本作での反省点を踏まえて作っていそうなので少し期待して遊んでみたいところである。



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